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合わないものをやめて、暮らしが楽になってきた

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腰の違和感をきっかけに、
暮らしの中で「やめる」という選択が増えてきました。

合わないものを、無理に使い続けない。
正解を探すより、いったん手放してみる。

そうやって選び直してきた中で、
少しずつ、自分なりの判断基準ができてきた気がします。

これは、
体を守ることを軸に、
暮らしを組み直してきた今の記録です。


無理をしない、という選び方に落ち着いた

気づけば、
暮らしの中で「頑張らないほう」を選ぶ場面が増えていました。

以前は、
少しでも良くなるなら、
もう少し工夫したほうがいいのでは、と考えていました。

治す方法。
正解のやり方。
うまくいっている人の選択。

そういうものを探しては、
自分の暮らしに当てはめようとしていた気がします。

「治そう」とするほど、疲れていた

体のことを考えるとき、
いつの間にか
「良くしなければいけない」という前提がありました。

今より楽になるために。
将来のために。
ここでちゃんと向き合っておかないと、という気持ち。

でも振り返ると、
その考え方自体が、
私には少し重かったのだと思います。

良くならないと意味がない。
続かなければ失敗。

そう思っているうちに、
体より先に、気持ちのほうが疲れていきました。

無理を減らす、という方向転換

あるときから、
「治す」よりも
「無理をしない」を基準に考えるようになりました。

今日はどこまでなら動けるか。
今日は何をやめておくか。

良くなるかどうかではなく、
今日の自分にとって負担が少ないかどうか。

その視点に変えてから、
判断が少し楽になりました。

良くならなくても、続けられる暮らし

正直に言えば、
体の状態は、劇的に良くなったわけではありません。

できないことが、完全になくなったわけでもありません。

それでも、
暮らし全体は以前より楽になりました。

無理を前提にしない。
合わなければやめる。
続かなければ、やり方を変える。

その選択を重ねているうちに、
「続けられる形」に近づいてきた気がします。

正解を探さなくなったあとに残ったもの

今は、
正解を当てにいこうとはしていません。

誰かにとっての最善が、
自分にとってもそうとは限らない。

それが、ようやく腑に落ちました。

残ったのは、
体を守る、というシンプルな感覚です。

大げさな決断ではなく、
日々の小さな判断の積み重ね。

それだけで、
暮らしは少しずつ変わっていくのだと思います。

これからも、無理のないほうを選ぶ

これから先、
体がどうなるかは分かりません。

でも、
無理をしない選び方なら、続けていける。

そう思えることが、
今の私にとっては、いちばん大事です。

体を守るために、
暮らしを選び直している。

それは、
何かを諦めたというより、
自分の手元に戻ってきた感覚に近いのかもしれません。