夫婦

連絡は必要なときだけ

毎日連絡を取り合わなくても、離れて暮らす私たちは不安にならなくなりました。必要なときだけ言葉を交わし、沈黙の時間もそれぞれの生活になる。連絡が少なくても続いていく、私たち夫婦の静かな関係を書いています。
夫婦

距離が生まれて、失ったもの

夫と離れて暮らすようになり、失ったものもあれば、距離があったからこそ得られたものもありました。生活の重なり、安心の形、会う時間の深さ――距離のある夫婦になって気付いた、やさしい変化を綴ります。
夫婦

会う回数は少ないけれど

年に数回しか会わない私たち夫婦。それでも、その時間は特別にしすぎず、ただ自然に流れています。会えない日々の過ごし方が、会ったときの空気をつくる――回数より心の温度を大切にする関係を綴ります。
夫婦

ひとり時間で気付いた“心の静まり方”

夫と別々に暮らすようになり増えたひとり時間。その静けさの中で、自分の心の声に気付くようになりました。特別なことをしない時間が心を整え、会う時間までやさしくしてくれる──ひとり時間で知った静かな心の整え方を書きました。
夫婦

家族と暮らす私、ひとりで暮らす夫 ― 違う暮らしが支えてくれる関係

実家で母と暮らす私と、都会でひとり暮らす夫。まったく違う暮らしを選んでいるのに、その“差”が私たちを静かに支えています。距離を置くことで見える優しさや心地よさ──離れて暮らす夫婦としての今を書きました。
夫婦

離れて暮らす私たち夫婦の4つの理由

結婚10年、ここ7年は夫と別々に暮らす私たち。関係を壊さないために選んだ距離、無理をさせない暮らし方、自分の部屋とひとり時間、詮索しない関係──離れて暮らす夫婦の4つの理由を静かに綴ります。
母と終活

母がつくってくれる朝のおにぎりのこと

母が毎朝つくってくれるおにぎり。その小さな温度に、私は大人になってからようやく救われていることに気づきました。何気ない日常の中にある“母の優しさ”と、毎日を静かに支えてくれる幸福について綴ったエッセイです。
母と終活

母という人を、ようやく知り始めた話

子どもの頃は「優しい人」としか思っていなかった母。大人になってようやく、母がどれほどの重さを抱えながら生きてきたのか気づきました。何気ない言葉の痛みや、今になって届く母の優しさに触れながら、母と向き合うようになった日のことを書いています。
母と終活

妹に優しくできなかった子ども時代と、長い時間を経て気づいたこと

子どもの頃、妹に優しくできなかった私。しっかり者と言われながらも、心の奥ではずっと妹に嫉妬していました。大人になって気づいた妹の寂しさ、そしていま静かに返している“家族への気持ち”について書いています。
母と終活

父がいた頃の私の痛みと、言えなかったままの気持ち

父に甘えられなかった子ども時代の痛みや、期待と反発の間で揺れていた気持ちを振り返る文章です。言えなかった言葉、距離を縮められなかった後悔、そして今になってようやく見えてきた父への思いを静かにたどります。