母と終活

母と暮らしながら気づいたこと「終活の始まり」|母と終活

母と終活
この記事は約2分で読めます。
記事内に広告が含まれています。


母と暮らすようになって、毎日がにぎやかになった。
テレビを見ながら母が笑う声や話す声がいつも聞こえて、私はそれを聞き流したり、相づちを打ったり。

そして、部屋の中を見回すと、いつもモノがあふれていて。


私はその賑やかさも少し気になっていた。
テーブルには紙やペン、棚の上には思い出の写真や飾りもの。
どれも大切な日常や思い出なのに、
なぜか見ると、心がざわついてしまう。

「このままでいいのかな‥」

何も起きていないけれど、何かを整えたい
そんな気持ちが、静かに芽生えはじめていた。



何から始めていいか分からなかった

整えたい気持ちはあった。
けれど、どこから手をつけたらいいのか分からなかった。

わからないことに加えて、
私は腰痛もちで、母は膝が痛い。
だから片づけたい場所を見ても、つい後回しにしてしまう。

気づけば、“見ないふり”をしていた。
それでも、心のどこかにざわざわとした気持ちがあった。

「いつか動けなくなってからじゃ遅い。
今のうちに、
少しずつ整えなきゃ」──
そんな思いが、静かに頭の片隅に残っていた。

そして、ある日。
机の上に積まれた書類を見ながら、
「これ、どうしたらいいんだろうね」と母に声をかけた。

母は少し笑いながら、
「ねー、どうしたらいいんだろうね」と言った。
笑い半分、困った半分の表情。
その軽い調子が、かえって胸に残った。

母も、私と同じように分からないのかもしれない。
そう思ったら、少し気が楽になった

きっと、
いきなり全部を整える必要なんてない。
できることを、できるところから。
そう考えたら、少し前を向けた。

まずは、自分の部屋から少し始めてみようかな。
そう決めたのは、そのときだった。
自分の部屋の引き出しをひとつずつ開けて、片づけを進めた。

そしてふと、母の部屋の方に目がいった。

母は、どんなふうに暮らしているんだろう。
そう思ったら手が止まった。



母のことを、ちゃんと知らない

そのとき、はっきりと気づいた。
私は母と一緒に暮らしているのに、
家のことも、母の持ち物のことも、あまり知らない。

母なら全部わかっているだろうと思っていたけれど、実際はそうでもなかった。
あとで知ったのだけれど、
母も「細かいことはよくわからないのよ」と笑っていた。

どちらかがいなくなったら、
残されたほうが困る。


そんな現実を、
ようやく目の前に突きつけられた気がした。






でも、その不安を抱えながらも、
私は少しずつ
「暮らしを整える」ことを考え、行動に移し始めた。


そして気づいた。

「終活」とは、何かを減らすことではなく、
今の暮らしを見つめ直し、
その先を少しずつ整えていく時間 
なのだと。


この気づきが、
私たち親子の「終活」の小さな第一歩になった。