朝の家の空気が、前より落ち着いて感じられる日があります。
母の動く音や、差し込む光の様子がそのまま入ってきて、
一日の始まりがゆっくり形になるように思えた朝のことを書きました。
朝の家の空気が、前よりやわらかく感じられる日があります。
母が台所で湯を沸かす音がして、窓のあたりが少し明るくなると、
その日の気配がゆっくり動き始めたように見えます。
夫と暮らしていた頃の朝は、音が多いことがよくありました。
テレビの声や、支度の気配が重なって、
自分の調子がどこにあるのかつかめないまま一日が始まる日もありました。
今は、同じ朝でも受け取り方が少し違っています。
母が動く音と、薄い光があるだけの時間が続くだけで、
部屋の落ち着きがそのまま目に入ってくるようになりました。
特に何か考えているわけではありません。
湯気の立つ音をぼんやり聞いていると、
その日の過ごし方が自然に決まっていくような気分になるだけです。
こうした朝は、以前より増えました。
ひとりで迎える時間は静かですが、その静けさに戸惑うことはなく、
そのままの空気で過ごせるようになってきました。
慌ただしさのない朝があると、自分のペースが見えやすくなります。
いまの暮らしには、こうした始まり方が合っているのかもしれません。
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