リビング奥の部屋には、父が生きていた頃のまま残った書類の山があります。
その中には、黒や紺の手帳もいくつか混ざっていて、母も私も、見るでも捨てるでもなく、ただそこに置き続けてきました。
ある日、ふと思い立って手に取ったことで、父のものに“ちょうどいい居場所”を作る小さな見直しの日になりました。
リビング奥の部屋に積まれた、父の仕事の手帳
リビングの奥の部屋には、父の仕事の書類が積まれた一角があります。
その山の中に、B5サイズの黒や紺の手帳が何冊も混ざっていました。
そこにあることはずっとわかっていたけれど、
必要なときに開くわけでも、片づけるでもなく、時間だけが静かに積もっていった場所でした。
触れずに過ごすことが、いつの間にか当たり前になっていました。
母もその一角に近づくことはありません。
私も、父が生きていた時間がそのまま残っているように感じて、ずっと手を伸ばさないままでいました。
だからこそ、今回少し触ってみるだけでも、大きな一歩だった気がします。
読まないし見ない。でも捨てない理由
父の手帳を一冊、開いてみました。
ぱらぱらとページをめくっても、母は「何が書いてあるの?」なんて聞いてきません。
いつもの家事を続けていました。
その様子を横目に、私も自然と手を止めていました。
仕事の予定が並んでいるだけの手帳なのに、
“そこまで読まなくてもいい”ような、
“踏み込みすぎる必要はない”ような感覚がありました。
自分だったら、死んだあとに手帳を読まれるのは嫌かもしれない。
ふと、そんな気持ちがよぎりました。
読まないけれど、捨てる気にもならない。
母にとっても私にとっても、
その距離がいちばんしっくりくるように思いました。
父の机に“居場所”を作ることにした
リビング奥の部屋には、まとまらないまま置かれた父の仕事の書類の山と、父が使っていたスチール製の事務机があります。
長いあいだ、そこだけ“父のスペース”として変わらず残っていました。
机の前に立ったとき、
「ここに置いておくのがいちばん自然かもしれない」
と、ふとそんな気持ちが湧いてきました。
これまでは、片づけるとなると “しまい込むか、処分するか” のどちらかしか考えていませんでした。
でもその日は、「ここにまとめる」という選択肢が浮かんできました。
引き出しを開けると、中は驚くほど空いていました。
机の上とは対照的に、使われていない余白が残っていたのです。
そこで、まとめて置かれていた手帳やゴム印、資格証、切手帳など、
“父に関わるもの”を、引き出しに収まる分だけ移すことにしました。
「厳選した」と言えるほど潔くはなく、
机に入りきる量だけ、というゆるい基準です。
でも、どこかにしまい込むより、
父のものが父の机に“戻っていく”感じがして、しっくりきました。
押入れにしまい込んだり、まとめて処分を考えたりするのは、
母にとって重く感じることもあったと思います。
だからこそ、この机がちょうどいい置き場所になったのだと思います。
少しだけ整ったことで生まれた安心
まとめ終わると、机の引き出しには父の物がきちんと収まり、
リビング奥の部屋の段ボールもひとつ空になりました。
「ここに入れたからね」と私が言うと、
母は「ありがとう」と言いました。
大きな片づけではないけれど、
“父のものに居場所ができた”という安心が、
その部屋の空気を少しだけ軽くしてくれた気がしました。
読まないし、深く触れなくてもいい。
でも、なくしてしまうほどでもない。
そんな中途半端な場所にあった父のものが、やっと落ち着く場所を見つけた日のこと。
暮らしの“風通し”が少し良くなる瞬間は、
こういう静かな出来事の積み重ねなのかもしれません。

