以前は、
一日をうまく過ごそうとしていました。
離れて暮らすようになってから、過ごし方が少し変わりました。
以前は、
一日が始まる前から、
どこかで気合が入っていました。
いい一日にしたい。
充実した日にしたい。
そんなふうに考えていた気がします。
夫婦のイベントや、
休日が重なる日。
誕生日や、
少し特別な日には、
思い出に残ることを意識していました。
写真もたくさん撮って、
いつの間にか、
撮ること自体に集中していた時期もあります。
写真があるからこそ、
思い出せることも、確かにあります。
それも、
悪いことではなかったと思います。
一緒に暮らしていた頃も、
離れてからしばらくの間も、
一日をどう終えるかを、
どこかで気にしていました。
うまく過ごせたか、
ちゃんと形にできたか。
終わりに近づくほど、
確認する癖が残っていた気がします。
今は、
その力をあまり使わなくなりました。
夫と暮らしていないことで、
特別な日にしよう、
という気負いが、
自然に減っただけかもしれません。
二人で会っても、
写真をほとんど撮らずに過ごすことが増えました。
ただ、
写真がなくても、
その日の空気や会話を、
思い出すことがあります。
うまく過ごそうとしなくなったことで、
一日が軽くなりました。
終わった、
という事実だけで、
十分だと思える日があります。
